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母との久々の再会から

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SAMことインストーラーの徳森です。
最近、息子が3歳の誕生日を迎えたので、それを祝うために私の母が遊びにきました。会うのはとても久々です。

私は現在、夫と息子との3人で兵庫県に住んでいます。東京と岡山にそれぞれ私と夫の母がおり、実家とは離れて暮らしている格好なのです。
お互いに忙しいので、「便りがないのが元気な証拠」と言わんばかりに連絡の回数はかなり少ないうえ、母の仕事の都合でお盆や年末年始の帰省すらできなかったりします

しかし、それでも、日々の息子との生活の中で、母のことを思い出すことはしばしばあります。いや、ほぼ毎日のように、母のことを思い出している、かもしれないです。

例えば、子どもが体調不良になったとき。

ウィルス感染から、気管支炎&肺炎を起こした息子。続く高熱に、ゼイゼイと鳴る胸。眠りたいのに、なかなか眠れない。そんな姿を見ていたら、ふと、

 病気で苦しんでいる息子 過去の自分
 看病している自分 過去の母

それが重なったように感じられて、幼い頃の記憶がわっと頭の中をめぐったのです。

そんなことが日常的に続く中で気づいたことは、私は子育てをしながら、自分の過去を別の視点で体験し直している、ということ。また、別の立場から同じような体験をし直すことで、その出来事の自分の中での意味が変わったり、そこに紐づく新しい感情が生まれたりすること。

そして関わってくれた人たちや環境を振り返って、今の自分があるのもそのおかげなのだと感謝の念が深まること。

今回も、息子が無事に3歳を迎え、元気いっぱい生きてくれていて、母と遊んでいる様子を見て、改めて「母のおかげ」と思いました。二重も三重もの意味で、御礼を言いたくなりましたし、そう思える状態であることをありがたくも思いました。

こうした体験のやり直し、繰り返し、が、ぐるぐる、ぐるぐると巡って、時が進んでいくのが人生なのでしょうか。

母には本当に感謝しているつもりですが、それでも、私がLINEで彼女に送るのは息子と私の変な顔の写真と、短いどうってことのないメッセージ、そんなものばかりです・・・しかしながら、きっと母には、娘の思いが思っている以上に伝わっているのではないかと思います

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