コーチングというものに出会ったのは、鉄鋼会社からコンサルティングファームに移った時でした。
クライアント企業の職場に張り付いて、早朝から深夜まで課長クラスや部長クラスとサシで対話する日々です。マネジメントサイクルをきちんと回させ、滞っている業務の流れを改善し、4〜6ヶ月でプロジェクトの成果を出すという仕事です。
セッションに明け暮れる日々
1時間の1対1のセッションを毎日5〜6本。単純計算でひとつのプロジェクトで4〜500本のセッションをやったことになります。3年間で10プロジェクトに入りましたから、トータルで4〜5000セッションです。
その中で学んだのは、コンサルタントから「こうしたほうがいいですよ」と伝えても、ほとんど行動につながらないということ。
そりゃあそうです。長年その職場で仕事を続けている課長さん、部長さんに、外から来たコンサルタントがそれらしいことを言っても、響くはずがありません。理詰めで説いても、「よっしゃ、それだったらやろうか!」と言ってくれることはまずないのです。
クライアントの行動につながらないということは、それはつまり何の成果もあがらないということを意味します。はっきり言って、成果の出せないダメなコンサルタントでした。
答えではなく問いを持っていけ
その状況を突破した武器が「問い」です。
「リーダーとのセッションに行く時には、100の仮説を立てて、問いを作って臨め」
私の上司からそうアドバイスされました。答えではなく問いを持っていけ、と。
何が課題だと思うのか
どんな手を打てばいいと思っているのか
やりたいと思っているのにやっていないのは何が原因なのか
前に進むためにまず何が必要なのか
・・・
こんな問いをたくさん作りました。1時間のセッションが終わったときに、相手がどんな状態になればいいのか、どんな言葉をつぶやいてくれればゴールなのかを決めます。そのために何を考えてもらえばいいのか仮説を立て、それに対応する問いを作っていくのです。
聞くことの醍醐味
幸いにして、元来私は相手の話を聞くことは苦ではありませんでした。問いをきっかけにじっくりと聞いていると、リーダーたちの思い、考え、アイデアがあふれるように出てきます。そこまでくると、「じゃあやってみよう」とリーダー自ら決心することになることが増えました。自分で決めたことだからこそ、行動に移す可能性は高まります。それはプロジェクトの成果に直結するものでした。
ようやく多少なりとも成果があらわれるようになってほっとしました。しかしそれよりも私のその後の仕事人生に大きく影響を与えたのは、セッション漬けの日々の中で、「聞くことの醍醐味」を知ってしまったことです。
自分の存在が触媒になって相手に変化が起こり、世界が変わっていく。こんな面白いことはないと思いました。それだけではありません。リーダーたちが楽しそうに、時にはつらそうに語る自分の仕事の話を聞いているときに、そこから伝わってくる彼ら彼女らの仕事に対する誇りややりがいのようなものに、心ふるえる思いでした。
リーダーの可能性を信じる
その頃から、アドバイスをすることは極端に減りました。私がやるべきことは、このリーダーたちの可能性を信じること。私が知っているセオリーや思考のフレームワーク、ほかのリーダーたちの成功事例などの情報は提供しますが、それを現場の事情にどう活かすかは、リーダー自身が決めることです。
リーダーがこれまで積み上げてきた仕事の歴史に敬意を払い、その人が持っているものをセッションの場に引き出していくこと。それを行動できる形に再構築すること。そして、行動が習慣となり継続的な成果として結実するまでパートナーとしてそこにいること。これが私のリーダーに対する時のスタンスです。
今振り返っても駆け出しのコンサルタント時代はつらい経験でした。もう一回やってみろと言われたら、できればやりたくない。でも、あのときの経験がなければ、自信を持って独立できてはいなかったでしょう。つらかったからこそ、私にとってかけがえのない時代だったと思うのです。